● 華麗なる一族


2007年1~3月期 TBS系で毎週日曜日21時から放送されたドラマ




●華麗なる一族 第1話を見た。




華麗なる一族

第1話を見ていて思ったのは 30年前に原作を読み、それ以後再読してなかったので この「華麗なる一族」の物語の内容を 結構、忘れてしまっているなぁ…という事。


ただ、ハッキリ記憶しているのは この原作小説が発表された(1973年)の 少し前(1971年)に第一銀行と日本勧業銀行が合併して「第一勧業銀行(後に富士銀行とも合併し、現:みずほファイナンシャルグループ)」が発足したり、同じ年(1973年)には 神戸銀行と太陽銀行が合併し「太陽神戸銀行(後に三井銀行とも合併して さくら銀行となり、住友銀行とも合併して、現:三井住友銀行となる^^;)」という出来事があった事。


なので、「華麗なる一族」に登場する「阪神銀行」は「神戸銀行」 大同銀行は「太陽銀行」がモデル…という噂が流れたモノだが… 嘘か本当かは私は知らない。

近々、原作を読み直そうと思っているのだが 現時点で言える事は 原作では一子、二子、三子と 万俵家には三人の娘がいたはずなのだが、今回のドラマでは三子は登場していない(もしかしたら いるのかもしれないけど^^;)事


まぁ、なにはともあれ…


華麗なる一族

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出演者のギャラだけで相当 金をかけてるなぁ… って感は強い。^^


そういう意味では「華麗なる」キャスティングなんだろう…ってのは 判るけど


華麗なる一族

私が惹かれるキャストは「相武紗季」だけ orz


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セットやロケも なかなか金をかけてるなぁ…と思うし


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道産子なら「あぁ、あの場所ね」とお馴染みの地を「兵庫県丹波篠山」と言い切られては これから美瑛を中心に旭川や富良野の連中を「兵庫県人」と呼ぶほか無い。^^;


木村拓哉の演技については とかく賛否両論あるようだけど、実は 私は案外、気に入っており、彼の過去の出演作は いくつかの例外を除き、とても面白かった…という感想を抱いているモノが多く 例外となった不出来な作品においても 木村が不出来と思ったわけでは無く、共演者や脚本がイタダケなかったに過ぎないと感じただけ

( 但し、私は木村ヒャッホイでは無い^^; )


まぁ、まだ第一話なので 総体的な評価や感想を述べる段階では無いが、第1話を見た限りでの不満 というか、不安に感じた点を挙げておくと…


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「仲村トオル」が 相変わらず「仲村トオル」でしか無い事

(判りやすく言えば どんな役を演じても「仲村トオル」って事^^;)


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「吹石一恵」には 上流家庭の雰囲気が感じられない事

(判りやすく言えば 貧乏臭い^^;)


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このイノシシが 私にはロープで繋がれている様に見えた事


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どうせ金をかけるなら これらの肖像画を もっと、ちゃんとした画家に頼んだ方が良かったんじゃないの? って思った事。


同様に…


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怪獣映画か?と思えるような


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鯉の登場のわりには


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なんか、チャチな感がたっぷりで…


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どうせなら、ここだけでも円谷プロに頼めば迫力あるカットにしてくれたんじゃないの?

…って思った事。^^;




さて…


さすがに金かけてるなぁ…って思わせる番組だけに スポンサーも金が余ってそうな会社が名を連ね…


そのお陰で、ドラマ内には惹かれるキャストが「相武紗季」だけなぶん…


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「加藤ローサ(モロ師岡付き^^;)」


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「貫地谷しほり」と「西田尚美」


のCMで補ってくれるところが さすが、大スポンサー^^


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(この 右の娘が ちと気になる私^^;)




●華麗なる一族 第2話を見た。




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先日、第1話を見て 30年ぶりに原作を読み直してみた。


わりと記憶には自信があるつもりでいたんだけど、この「華麗なる一族」の物語に関しては 本当に、忘れてしまっていた事に気づいた。^^;


で、読み直してみて 何故、記憶がボケたのかも判ったが、それに関してはネタバレなので述べるのは 最終回を見た後に、気が向けば述べる事にしたい。




さて、今週も


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潜水艦の様な鯉の出現に苦笑を禁じ得なかったが…^^;


まぁ、そんなのは どうでも良い。


で、原作を読み直してみて 考えを新たにしたのは

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「稲森いずみ」が演じる女性の設定が微妙に変えられているな…という点で たしかに、この部分は弄り方によって 面白味の増す部分ではあるし、原作に関して不満に思う部分のひとつでもあったから どのように今後描かれるか それが楽しみになった。


また、

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この作品における「鈴木京香」の演技は 実に秀逸だとも 再確認した。


問題は、今後の作品で「鈴木京香」に与えられる役柄の幅が狭くならない事を祈るだけ^^


で、先週の第1話に関して述べた時、


「原作では一子、二子、三子と 万俵家には三人の娘がいたはずなのだが、今回のドラマでは三子は登場していない」


と、指摘したが 今回の


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上のシーンを見ていて あぁ、これなら三子はいなくてもいいや、いや、むしろ、いない方がスッキリしていいや…とも思った。


ま、それなら もう少し、相武ちゃんの出演シーンを増やせよ…と 僅かながら心の中で思ったけどね^^;




●華麗なる一族を見る前に「風林火山 第4回」を見ていたのだが…




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「貫地谷しほり」が なかなか良い… と、誉めていたら


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第4話冒頭で死亡… orz


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武田晴信(後の信玄)役を演じている輩は「さしすせそ」を「しゃ、しぃ、しゅ、しぇ、しょ」と発音するアホだし^^;


この先、男ばかりのむさ苦しい話が しばらく続くのかと思うと…




まぁ、そんな事は どうでも良い。


9時になったら「相武紗季」が私を癒してくれるはず…


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そう思って見始めた「華麗なる一族 第3話」だったのにぃ…


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どう考えても キムタクって雰囲気どころか、(キムタク自身って意味じゃ無いよ^^; キムタク似って意味ね)


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この肖像画の後ろ姿とは思えない爺ぃや…


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すんごい「イノシシ」や…^^;


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ズベ公っぽい セレブなお嬢様しか出てこず…


「相武紗季」は「予告編」にしか出てきませんでした。^^;


で、この「華麗なる一族」の予告編(エンドロール込みの)って 次週の場面ではなく ずっと先の場面をてんこ盛りだから、ネタバレだわ、意味無いわで どうしようも無い。


ま、Pの片割れが 役立たずだから仕方が無いけどね。^^;


というわけで、今夜は癒されずに寝る事にする。




●華麗なる一族 第4話を見た。




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山崎豊子の書いた「華麗なる一族」という作品を映像化するに辺り、物語の当初から微妙に原作を弄っているのには気づいていたが、その弄り方について 今の段階で批判する気は全く無い。


今回の


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「西田敏行」が演じた 鉄平の義父であり、大物政治家である大川は 微妙に、かつ、巧妙に弄った結果 実に良い物になっていると思う。^^


この義父が娘婿に見せる篤い親子の情と 実父である大介が鉄平に見せる醒めた親子の情の対比は ともすれば、この部分だけは原作よりも巧く描いているとさえ思った。


でも、このTV版の「華麗なる一族」の脚本には 私は懐疑的にならざるを得ない。


後半に向けて伏線を張ろうとするあまり、必要の無い 過剰とも言える台詞描写が鼻につきすぎるからだ。


だから、私は大川の描写は良いと思ったけど 相武紗季PVとしての受け止め方を 今のところ変える気も無い。^^;


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●華麗なる一族 第5話を見た。





山崎豊子の書いた「華麗なる一族」という作品を映像化するに辺り、物語の当初から微妙に原作を弄っているのには気づいていたが、その弄り方について 今の段階で批判する気は全く無い。



と、前回の第4話を見た感想で述べたが…


第5話を見るに至り、少しだけ批判をしておきたくなった。^^;


(その1)鉄平の誤射について…


 散弾銃の特性や、狩猟での原則を全く知らない者が描いたシーンとしか言えない。


 誤射というシーンを盛り込み、父子の対立や誤解を際立たせる…という意図は判らなくも無いが、無用の煽りの様な感が強く そんな目的の弄りに、考証などお構いなし…ってのは如何なものかと思う。


(その2)大介と妻の会話


「本当にアナタじゃ無いんですね?」


「仕事に口を出すな」


「本当にアナタじゃ無いんですね?」


「一度だけ応えてやる… 私では無い(嘘)」


このシーンは 名作映画「ゴッドファーザー」のパクリと言われても仕方が無い。^^;


パロディなら いざ知らず、シリアス・タッチで こんなあからさまをやられるとゲンナリする。


いよいよ 石○がらみの本領発揮か^^




逆に 感心した事を述べておくと 鈴木京香の嫌われぶり。


憎まれ役の演技を 実に見事に演じており、回を増す毎に磨きがかかっているとさえ思う。


この役は 嫌われれば嫌われるほど 全体が面白くなり 鈴木京香は充分以上に及第点と思えるだけに、問題は敵対する鉄平達が それに対応した演技を見せるかどうかにかかっている。


と、同時に 今後、鈴木京香が憎まれ役では無い役柄を演じる時に 後遺症が残らなければいいなぁ…と思う。




●華麗なる一族 第6話を見た。




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前回の第4話の終盤辺りから いよいよ、父と長男の溝は決定的なものとなった。


だが、私は その流れを見ていて「?」と思う。


おぼろげながら、原作を読んだ時に感じたモノと TV版のストーリーにも違った意味で溝がどんどん広がっている様に感じるのだ。


で、ふと気になってTV版の脚本は誰だろう?と調べてみたら「橋本裕志」という名前


記憶にないのでネットで検索してみたらTV版「WATER BOYS」や「ショムニ」 それと劇場版の「ONE PIECE(ワンピース)」を3本 担当した人なのね(他にも いろいろ)


ただ、よくよくその作品リストを眺めていたら コメディ系が殆どで シリアスは数少ない。


だから、それが…というのは野暮とは思うけど、慣れないがゆえのズレ というか、畑違いの感覚…そういう違和感なのかな「華麗なる一族」の対して感じつつあるのは…と、思ったら なんとなくなのだが、納得は出来る様な気がする。


と言うのは、今回の第6話において「頭取は阪神特殊製鋼を潰す おつもりですね?」と 専務に言わせ、大介は それを否定しない…という表現を盛り込んだ。


同時に 帝国製鉄に銑鉄の供給を止める画策もしている。


ここは 原作と大いに似てるようで 明らかに異なる。


原作の大介は結果はともあれ この段階で「潰す」ところまで追い込もうとしていたとは思い難いし、帝国製鉄への画策は もっと、後で 内容も違う。


この流れの違いにより、父と長男の溝は確かに際立つと私も思うが 率直に言って、原作の根底に流れる「情」という部分への考え方の違いは別物になっていく恐れが強いと私は感じる。


もうひとつ言えば、鉄平は技術者としては一流だが、経営者としては?という点において、祖父に似ているリーダーとしての資質という部分、特に 人を惹き付ける魅力…という部分を TV版では原作以上に誇張したストーリーにするのは悪いとは思わないが、原作の鉄平は 私的感想としては「経営者としては失格」というイメージが強いだけに このままいくと TV版の鉄平は「経営者としても優秀」という描き方が強く漂う感じがするわけで だとすると、結末に矛盾が生じる予感がする。^^;


私は 俳優・木村拓哉が好きなのだが、とかく キムタク・ドラマにおける キムタクの役柄は必要以上に熱く優秀に描こうとしているんじゃないか?と批判的な向きがある。


「GOODLUCK」や「HERO」は それが良い方に作用して面白い作品となったけれど、それが空回ったと思える作品もあるだけに不安だな^^


これが、コメディとかパロディならば 逆に気楽に見れるんだけどね… 


以後の予告編みたいなエンド・クレジットで


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『天は我に味方したか…』と北大路欣也が喋るシーンがあるようだが、これって 映画『八甲田山』で 北大路欣也が『天は我々を見放した!』って叫ぶシーンを 被せたのかな?


だとすりゃ、良い パロディなんだけど、これってシリアスだったよね?


ま、私の場合…

 
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「相武紗季」PVだと思っているから どうでも良いんだけどね^^;




●華麗なる一族 第7話を見た。




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他局も含め、今期のドラマの中では「面白い」と感じて見ている「華麗なる一族」なのだが、回を増す毎に 見た後に違和感というか不満度が高まってくる。


「華麗なる一族」の原作の魅力は 父:大介の阪神銀行生き残りを賭けた策謀と 万俵家内部の家族間の葛藤、特に 父:大介と長男:鉄平の対立という二つの部分のストーリーが絡み合って大きな柱となっており、その絡み方の妙が ストーリー全体の面白さを醸し出しているのだが、正直に言って 私は個人的に原作における描き方に対しても その100%を「巧い」と感じているわけでは無い。


部分的に「腑に落ちない」ところや、「まぁ、いっか…」と気に留めないようにしている部分がいくつかあるという事だ。


でね、例えば


「大介は 最初から”阪神特殊製鋼”という会社を潰そうと考えていたのか?」


という点について考えた場合、原作では「鉄平の切り盛り次第」という感じで あるタイミングまでは明確に「大介が潰そうと考えた」とは描かれていない。


あくまでも「業績悪化」という態にして 最悪は「帝国製鉄」への身売り…程度のレベルであり、それについての話し合いが具体化するのは物語の展開上 今週の第7話では無く、時期としては以後の第8話乃至9話ぐらいのタイミング


同じ様に「鉄平が大介の子供では無い」と考える様になるのも 今回の第7話のタイミングでは無い。


では、何故 TV版は その二つのタイミングを先に繰り上げたのであろう?


思うに このドラマの制作側は 物語の大きな部分を「大介と鉄平の対立」という部分に原作以上にウェイトを置いた以外の何物でも無い。


そうなるとね 大介の言う「阪神銀行の生き残り」という大義名分は どんどん形骸化してしまい、下手すると 最終的には合併云々は鉄平を追い詰めるためのものでしかならなくなる。


そこが、TV版「華麗なる一族」に対して 回を増す毎に強く感じる違和感となっているのだな 私の場合。


私には 原作の大介は 大介の父親であり、偉大な経営者と評された健介に対しての


「父という壁を乗り越えようとあがく子」


という姿と 万俵財閥を守ろうとする財閥の長としての信念の強さがまず有り、鉄平に対する冷酷とも言える仕打ちは 確かに「血の問題」もあるけれど、それは二の次に映る。


であるが故に、ラストの展開に至った時 読者を納得させるストーリーとして帰結するのだが、TV版の 今の状態では もし、原作の様な展開を迎えるのだとすれば 視聴者を納得させる帰結にはなり難い方向へと進んでいる気がしてならないのだ。


ま、もしも TV版は原作とはラストが違う…のであれば 今、どうこう語っても意味の無い事でもあるわけで ただの危惧で終われば幸いとも言える。^^;


いずれにせよ、原作を既に読んだ状態で見るのは どんなに原作が面白い物語だったとしても TVや映画へと映像化されたものは その多くが色褪せて映ってしまう事が多く、オリジナルなモノを じっくりと見せてくれる作品を願うばかりだ。




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●「華麗なる一族」の最終話の放送を見終えるにあたり、個人的感想の総論を述べてみたいと思う。




で、以下に述べるような内容の場合 最近では「原作派」「映像派」と分けられるのが流行の風潮があるので 先に断っておくと、私は随分昔に この原作を読んでいるのだが、その読み終えた時に「面白い本」だとは感じたが、絶賛するほどのモノでは無いと思うに至り、ゆえに「原作派」と思われるのは不本意だと言う事。


山崎豊子の著作には「白い巨塔」があり、それを私は傑作だと思っている。


だから、「山崎豊子」の力量は大いに認めるところでもあり、「華麗なる一族」も間違い無く面白い作品だと思っている。


けど、「原作」賛美をしようと思わないのは原作の記述の中で いくつか腑に落ちない設定や記述があったから。


で、原作のどの部分に引っ掛かったのか?と言うと その中でも最たるモノは鉄平が自殺を図り、その死体が安置された警察署に家族がつめかける場面で 警察官(捜査課長)が万俵大介に語る台詞に 以下の台詞がある。



「男らしい、勇気のある死に方でした、ジェームス・パーディという銃にたった一発だけ弾を籠め、一発で命を断っておられます」



この「男らしい、勇気のある死に方でした」という部分がね、私には妙に引っ掛かり やがてはそれが腑に落ちず、違和感となる。


と言うのは 万俵鉄平という長男のキャラクターが実はボヤけていて その終わりに「男らしい」という表現を身内である家族では無く、警察官にのべさせる記述に疑問を感じたのだ。


万俵鉄平は製鉄に夢や大志を抱き、熱い人物である。


財閥の長の長男として育ち、頭脳も明晰である。


が、経営者として有能だったのか?と言う部分に 原作では「有能」の様に描こうとしているけれども、読んでいて私には「有能」とは思えない。


特殊鋼に画期的な発明を行い、企業としての躍進に光りがさす…と言う部分には技術者としての「有能」という部分には納得が出来る。


でも、財務資料をおざなりにし「見せかけ融資」に気づかず、億を越える融資を取り付ける流れも 財閥の子として育った甘さが否めない。


結果的に、会社更生法への流れや 大介を告訴しようとしながら、それも出来ずに終わる様は やはり、「甘さ」を感じてならない。


最終的に 会社が倒産し、地位や仕事を無くし、信頼を寄せてくれた三雲頭取に多大な迷惑をかけるに至ったのが、全て父である大介の策謀だった…と気づき自殺に至る流れの中で 猟銃で自殺する様が「男らしい」という表現に至る事が どうも納得がいかない。


穿った見方で言えば 原作者である山崎豊子が「鉄平は最後は男らしく…」と読者に思わせたくて著述にしようとした結果、その記述に至ったのであろうけど、それは安易でお手軽な手法にしか感じられなかった…という思いが強いのだ。


他にも「気になる事」「腑に落ちない」という部分は多々あるが、細かい事を言ってもキリが無いし、意味も無い。


だから、一点に絞って申し上げると、「華麗なる一族」を映像化するにあたり、上述した警察官の台詞が どの様に扱われるかに注目していたのだが、TV版は なんの疑問も無く警察官(前田吟)に その台詞を言わせている。^^;


万俵鉄平役を「木村拓哉」というキャスティングは判らなくも無い。


TV版の序盤において「製鉄に夢や大志を抱き、熱い」という人物像を見事に好演したと感じているし、それを批判する気持ちなど毛頭無い。


だから、誤解されたくないのは「木村拓哉」を批判する気持ちは私は全く無い…という事、その前提を御理解願った上で TV版「華麗なる一族」を見終えた今、私の認識の上で申し上げたい事は、「木村拓哉」という俳優の固有のキャラクターに「万俵鉄平」という原作における人物像を わざわざ、ねじ曲げて摺り合わせようとした制作者の意図を大いに批判したいのである。


根本的な問題には「華麗なる一族」の原作における主人公って誰?って部分がある。


確かに、長男:鉄平が主人公…って見方も出来なくは無いが、それよりも「大介が主人公」って見方の方が普通であり、タイトルの「華麗なる一族」が表すように 万俵家の家族全てが主人公って見方も出来る。


要は「鉄平を主人公に」と言う風にTV版は原作をねじ曲げた…とも取れるわけで、鉄平を主人公に、かつ キャラクターを「木村拓哉」にマッチする様に摺り合わせて…という意図が良い方向にハマれば結果オーライなのだろうけど、私にはキムタク・ファンを喜ばせるだけの阿りで 一般の視聴者を無視した構成に強く感じた。


例えば、原作においては 鉄平は遺書を遺していないにも関わらず、TV版の最終話で万俵鉄平の遺書が 妻である早苗に届き、それが大介に渡され…というシーンの中で その遺書の文面がナレーションで流れる。


そのナレーションを聞きながら、自殺を図るキムタクや 本当は自分の子だった…と気づき 己の過ちに膝から崩れ落ちる大介…なんて映像を見ると「鉄平が可哀相」と涙が流れる。


でも、それは局所的な部分の話であり「鉄平が」というよりも「キムタク」が「可哀相」と お涙頂戴に嵌められた様な不快感にすら私には映るんだな。


よく考えて見て欲しいのは「何故、鉄平は自殺したの?」という部分。


「男らしく責任を取った」


そういう風に無理矢理、印象づけようとしている様だけど「誰に対してどんな責任を取ったの?」って部分を考えると違和感が生じないか?


「本来、僕は生まれてきてはならない人間だったんだ」


「僕の死をもって 万俵家の忌まわしい事すべてが終わりを告げると信じている」


遺書の文面に そういう台詞を盛り込む事で 自殺の動機を描こうとしているが、それは原作の鉄平では無い。


原作の鉄平が自殺に至る引き金は 三雲が失脚した有様を三雲の娘:志保からの手紙で知り、弟:銀平に電話をかけて 全てが父の策謀だった事を知った事。


つまりは自殺の動機のベクトルが違うのだ。


「鉄平は良い奴だったけど、不運で可哀相な奴だった」


と、TV版「華麗なる一族」では描き、それが いつの間にか、


「夢や大志を抱きながら 誤解が基で、自殺に追い込まれた不運な奴をキムタクが好演した」


という結論付けに嵌め込もうとするTV版の制作者に


「そんな小賢しい手に嵌められてたまるか」


そういう不快感に包まれた最終回の描き方だった…というのが 私の率直な感想だ。



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